大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)1413号 判決 1992年1月20日

原告

株式会社カンダ

右代表者代表取締役

山田博

右訴訟代理人弁護士

小田切登

田辺一男

大原誠三郎

右訴訟復代理人弁護士

比留田薫

被告

株式会社宮崎ハマクニ

右代表者清算人

瀧本和男

外一名

右被告両名訴訟代理人弁護士

赤根良一

被告

濱田國一

外四名

右被告五名訴訟代理人弁護士

神田俊之

右訴訟復代理人弁護士

北秀昭

主文

被告株式会社宮崎ハマクニ及び同瀧本和男は原告に対し、各自金三二七〇万一九一〇円及びこれに対する被告株式会社宮崎ハマクニは平成二年三月二日から、同瀧本和男は同年二月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

原告のその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告に生じた費用は、原告と被告株式会社宮崎ハマクニ及び同瀧本和男との間においては、その三分の一を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては全部原告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは原告に対し、各自金員三二七〇万一九一〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告株式会社宮崎ハマクニ(以下「被告会社」という。)に対し、昭和五八年九月から一一月までの間、二七回にわたりメラミン化粧板接着材その他の製品を売渡したが、右代金は合計三二七〇万一九一〇円である(以下「本件売買」という。)。

2  被告会社は、昭和五八年一〇月一九日、宮崎地方裁判所に対し、和議の申立てをし、昭和五九年七月一〇日、次の内容の和議認可決定がなされ、同決定は確定した(以下「本件和議」という。)。

(一) 各債権者は和議債権のうち、利息及び遅延損害金の全額並びに元本の六割の支払を免除する。

(二) 和議認可決定確定後一箇年を経過した日を第一回の支払日として、和議債権元本の八分を支払い、その後一箇年を経過する毎に左記のとおり分割して支払う。

第二回 和議債権元本の八分

第三回 同右

第四回 同右

第五回 同右

3  被告会社は原告に対し、右和議による債務を履行しなかったので、原告は本件訴状又は平成三年七月一五日の口頭弁論期日において、譲歩を取り消す旨の意思表示をした。

4(一)  被告瀧本和男は被告会社の代表取締役である。

(二)  被告会社は、本件売買代金の一部の支払いのため、約束手形一二通(額面合計二七一三万一五五五円)を振り出した。

被告瀧本和男は、当時、被告会社が経営破綻状態となり右手形金やその余の売買代金を支払えないことを知りながら、本件売買契約を締結し、その結果、右各手形は不渡りとなった。

(三)  被告会社は、昭和五八年一〇月ころ、約束手形の不渡りを出し、事実上倒産し、本件和議の申立てをした。

右倒産は、被告瀧本和男がその代表者として、昭和五八年七月ころから、株式会社廣栄(以下「廣栄」という。)に対し、約一億七〇〇〇万円にも及ぶ融通手形を振り出し、廣栄がこれを決済できなくなったことが原因となっており、その結果原告は売買代金相当の損害を受けた。

代表取締役は融通手形を振り出してはならないし、仮に振り出すにしても、相手の決済能力等を十分調査したうえでなすべきであるのに、被告瀧本和男は漫然とこれを振り出した。

(四)  以上の被告瀧本和男の行為は、不法行為であって民法七〇九条に該当し、また、取締役として職務を行うについて故意、重過失があったもので、商法二六六条の三、一項に該当する。

5  被告会社及び同瀧本和男を除く五名の被告らは、いずれも被告会社の取締役であるが、被告瀧本和男が前記のような詐欺的行為をなし、融通手形を振り出していることを知り、または知りうべきであったのに、取締役会を招集したりしてその是正を申し入れたりせず、同被告の行為を放置し、代表取締役の業務執行に対する監視、監督義務を怠った。

仮に、本件売買当時、取締役を退任していたとしても、その旨の登記がなされておらず、善意の第三者である原告に対しては退任を対抗できない。

6  よって、原告は、被告会社に対し、本件売買代金の支払い、被告瀧本和男に対し、不法行為または商法二六六条の三、一項に基づき、その余の被告らに対し、商法二六六条の三、一項に基づき売買代金相当の損害賠償の支払い及びこれらに対する遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認容

1  被告会社及び同瀧本和男

(一) 請求原因1ないし3の事実は認める。被告会社が原告に和議による債務を履行しなかったのは、原告が被告会社の従業員を引き抜いて、自分の関連会社に雇用したり、被告会社に従前のようにメラミン化粧合板を売り渡さず、これを直接被告会社の顧客に不当に安い値段で販売したりしたからである。

(二) 同4の事実中、被告瀧本和男が被告会社の代表取締役であること、原告に対する約束手形の振出、被告会社の事実上の倒産、和議、融通手形の振出の事実は認める。

その余の事実は争う。

被告会社は、廣栄と取引を開始するに当たり、十分にその信用調査をした。また、廣栄に対する融通手形の振出による経営援助は、被告会社の経営のために必要であった。

廣栄は、被告会社の融通手形を銀行等で割り引いているが、原告は、これが銀行の廣栄に対する与信の範囲内で行われていると信じ、安全であると思っていたから、融通手形の振出につき悪意、重過失はない。

2  その余の五名の被告ら

(一) 請求原因1ないし4の事実中、被告会社の事実上の倒産、本件和議、被告瀧本和男が被告会社の代表取締役であることは認める。

その余の事実は不知

(二) 同5の事実は争う。

(1) 被告濱田國一、同濱田國隆及び同田村敏は昭和五六年九月二四日、被告田中営作は昭和五七年九月二四日まで被告会社の取締役であったが、同日それぞれ退任した。

同人らは、いずれも昭和五六年夏ころ、被告瀧本和男に対し、被告会社の取締役を辞任する旨の意思表示をし、前記の日以降は取締役となる意思はなかった。

同被告らの取締役退任登記はなされていないが、同被告らが被告瀧本和男に対しその旨の登記をするよう要求したのに、同被告がこれをしなかったものであって、辞任した被告らが取締役の登記の残存を承諾していたわけではない。

被告瀧本武弘は、被告会社の取締役に就任することを承諾したことはない。

(2) 仮に、右五名の被告らが被告会社の取締役であったとしても、次のような理由で被告らは取締役としての責任を負わない。

① 被告瀧本武弘は被告会社の業務に一切関与していない。

② 他の四名の被告らも、昭和五六年七月以降被告会社の業務に関与していない。

③ 被告会社は、被告瀧本和男のいわば一人会社であり、取締役会等は開催されていないし、同被告が融通手形を出していたことなどは五名の被告らは知りえない状況にあった。

第三  証拠<省略>

理由

一本件売買について

本件売買が成立した事実については、原告と被告会社及び同瀧本和男との間に争いはなく、その余の被告らとの関係では証拠(<書証番号略>、証人金木勉、弁論の全趣旨)により右事実が認められる。

二本件和議の譲歩の取消等について

本件和議が成立したこと、被告会社は原告に対し、和議を履行しなかったこと及び原告が譲歩の取消をしたことは原告と被告会社との間に争いがない(被告会社は、右不履行の理由として、従業員の引抜、原告による商品の廉価販売をいうが、右は不履行の正当事由とはならない。)。

<書証番号略>によれば、本件和議は昭和五九年八月一〇日に確定しているから、和議の最終の履行期は昭和六四年八月一〇日であり、同日が履行完了の日と認められる。

三被告会社の経営状況及び融通手形の振出について

被告瀧本和男が被告会社の代表取締役であること、被告会社は昭和五八年一〇月ころ手形の不渡りを出して事実上倒産したこと、本件和議が成立したことは原告と全被告らとの間で争いがなく、被告瀧本和男が被告会社の一億七〇〇〇万円余りの融通手形を廣栄に振り出したことは、原告と被告会社及び同瀧本和男との間で争いがない。

証拠(<書証番号略>、被告瀧本和男)によれば、次の事実が認められる。

1  被告会社は昭和五一年に設立された建築資材等の販売を業とする会社であり、昭和五八年ころ、資本金は七〇〇万円、従業員は八名、年商約三億円であった。

2  被告会社は、昭和五五年ころから、その販売拡張のため、廣栄から輸入建築木材を継続的に購入するようになった。

ところが、右木材は不良品が多かったため、廣栄の経営が悪化し、契約どおりに木材を渡さなくなったばかりか、更には被告会社に対し、融通手形を振り出すよう依頼するようになった。

被告瀧本和男は、廣栄の代表者と親しかったため、安易にこれに応じ、昭和五八年四月から一〇月までの間に、総額約一億七〇〇〇万円(内五五〇〇万円余りは帳簿外)もの融通手形を廣栄に振り出した。

廣栄は右融通手形の決済資金を支払うことができず、また、当時被告会社も資金繰りがつかなくなったため、被告会社は昭和五八年一〇月一五日、第一回目、同年一〇月二〇日、第二回目の手形の不渡をだして、約二億八〇〇〇万円の負債を抱えて事実上倒産した。

3  昭和五八年七月当時、被告会社には、流動負債が約一億五〇〇〇万円あるのに対し、流動資産が約九六〇〇万円しかなく、資金繰りが苦しくなっていた。

以上の事実が認められる。

ところで、被告瀧本和男は、右融通手形の振出は、被告会社の経営のために必要欠くべからざるものであったと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

また、同被告は、廣栄は右融通手形を銀行で、与信の範囲内で割り引いていたから安全だと思った旨供述するが、同被告が廣栄による全ての融通手形の割引先を把握していたものとは信じ難いし、銀行で割り引いたのはその一部であることは明らかである。

前期認定事実によれば、被告瀧本和男は、廣栄の経営が困難になっているのを知りながら、短期間に多額の融通手形を振り出したものであり、一旦廣栄が右決済資金を調達できなければ、その結果被告会社の事実上の倒産する危険性は認識していたか、あるいは知らなかったとしても重大な過失があると言わなければならない。

また、被告会社は、昭和五八年七月ころには既に資金繰りが苦しくなっており、同年一〇月には手形の不渡りを出したことから考えると、被告瀧本和男は、本件売買がなされた同年九月ころには、その代金を支払えなくなる事態にいたるかも知れないことを予想していたものと推認される。

結局、被告瀧本和男は、被告会社の代表取締役として、その職務の執行について悪意又は重大な過失があったというべきである。

四被告会社及び被告瀧本和男を除く被告らの取締役としての責任について

1  証拠(<書証番号略>、被告瀧本和男、同濱田國隆、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告会社は、昭和五一年七月二〇日、大阪で建築資材の販売業を営んでいた浜国レール株式会社(その後「株式会社浜国」と改称、以下「浜国」という。)が宮崎事業所の独立を図り設立した会社で、その資本金は実質上は浜国が出資し、当時の浜国の取締役の被告瀧本和男が被告会社の代表取締役、浜国の代表取締役の被告濱田國一、取締役の被告濱田國隆は被告会社の取締役となり、浜国の従業員の被告田村敏は昭和五四年九月、同田中営作は昭和五五年九月にそれぞれ被告会社の取締役となった。

被告会社の経営は、主に被告瀧本和男が行い、他の取締役らは被告会社の書類に押印することはあったものの、その経営にはあまり関与していなかった。

被告会社は浜国等から建築資材を仕入れ、これを宮崎県等の顧客に販売し、浜国にその営業報告をするという密接な関係を保っていた。

(二)  昭和五五年ころ、浜国が経営困難となった際、被告瀧本和男は被告会社の株式の七四パーセントを浜国から買い取った。

その後、被告瀧本和男はやや独断的な経営をするようになり、同年七月には、他の取締役と相談せずに、被告会社の資本金を五〇〇万円から七〇〇万円に増資した。

被告会社の株主は被告瀧本和男や浜国の他、同被告の家族や取引先の名義になっていたが、同被告が約八割の株式を実質上所有することとなった。

(三)  昭和五六年夏ころ、浜国の代表者である被告濱田國一は、同瀧本和男が相談なく増資したことを知り、同被告を呼んで抗議し、「浜国が被告会社に出している取締役を引き上げるから、その手続きをせよ。被告瀧本和男も浜国の取締役を止めてもらう。」と述べ、被告濱田國隆、同田村敏及び同田中営作もそのころ被告瀧本和男にその旨伝えた。これに対し、被告瀧本和男は、被告濱田國一らの取締役辞任を了承し、ただ、同人らの取締役の任期が切れるまで待ってほしいと頼み、被告濱田國一らもこれを承諾した。

被告濱田國一、同濱田國隆及び田村敏の任期は昭和五六年九月二四日、被告田中営作のそれは昭和五七年九月二四日であった。

その後、被告会社は右辞任した被告らに報酬を支払わないようになり、浜国に対する営業報告もしなくなった。

しかしながら、被告瀧本和男は退任登記の手続きをせず、その後も同被告は、勝手に右辞任した被告らの再任の登記をした。

他方、浜国も被告瀧本和男に対し、取締役としての報酬を支払わないようになった。

そして、同人の任期満了の直後である昭和五八年八月四日、その退任登記をした。

(四)  被告瀧本武弘は被告会社の取締役として登記されている。

被告瀧本和男はその弟である被告瀧本武弘の承諾を得ずに、同被告を被告会社の取締役として登記したものであって、被告瀧本武弘は本訴までこれを知らず、勿論被告会社の経営に参加したこともない。

もっとも、被告会社の昭和五五年八月一日から五六年七月三一日までの年度の確定申告書には、被告会社が被告瀧本武弘に役員報酬として三〇万円を支払った旨の記載があるが、実際には支払われておらず、右金員は被告瀧本和男が会社の交際費等に使用した。

(五)  被告会社が和議申立てをする旨の決議を記載した昭和五八年一〇月一八日付けの被告会社の取締役会議事録(<書証番号略>)には、取締役として被告濱田國一、同濱田國隆、同田村敏、同瀧本武弘及び同田中営作の記名、押印がなされているが、同日、取締役会が開催されたことはなく、これらの押印は、被告瀧本和男が三文判により勝手になしたものである。

右事実によれば、被告濱田國一、同濱田國隆、同田村敏及び同田中営作は、昭和五六年七月ころ、被告瀧本和男に対し、辞任の意思表示をして、任期が切れる時にはその手続きをするよう要求し、同被告もこれを了承したこと、しかし、同被告はその手続きをせず、勝手に再任の登記をしたこと、被告瀧本武弘は被告会社の取締役に就任することを承諾していなかったことが認められる。

原告は、右取締役を辞任した被告らについては、未だ登記が残存し、原告は善意であるから、辞任を原告に対抗できない旨主張するが、右辞任した被告らが被告会社の代表者である被告瀧本和男に対し、登記を残存させることにつき明示的に承諾を与えていたなど特段の事情について主張立証がないから、原告の主張は理由がない。

五結論

被告会社は、本件売買代金三二七〇万一九一〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被告瀧本和男は被告会社の代表者としての職務を行うにつき、悪意または重過失があったから、原告に対し、右売買代金相当の損害を賠償し、かつ、これに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、被告濱田國一、同濱田國隆、同田村敏、同瀧本武弘及び同田中営作に対する請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官谷澤忠弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例